<イベントレポート>すみだものづくりキャラバン 第2回「“紙”の可能性を感じる、夜の町工場ツアー」
9月18日に開催された、2回目の「すみだものづくりキャラバン」。この企画は、ものづくり事業者の現場を訪ね、工場の雰囲気やつくり手たちの技術、想いに触れる1dayのファクトリーツアーです。「“紙”の可能性を感じる」をテーマに、「紙加工」を極めてきた株式会社小林断截と株式会社東北紙業社の2社を巡った当日の模様をレポートします。
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今回のキャラバンでは、SICのメンター会員であり、プロダクトデザイナーの大井雅人さん(Pit-A-Pat代表)にナビゲーターとして同行いただきました。大井さんの実家は静岡で製本工場を営んでいるということもあり、紙加工の事業領域にも理解や関心が深い方です。大井さんの鋭い視点も加わり、キャラバン全体を通して感想のシェアや有意義な質疑応答が活発に交わされていました。
「製本・紙加工」といえば小林断截
最初に訪れたのは1963(昭和38)年創業の小林断截です。広告やDM、会社案内、カタログといった商業印刷の製本をはじめ、あらゆる紙加工を行っている会社です。
「製本ってどんなものか? というのが伝われば嬉しいです。まずはどんな機械があるのか見ていきましょう」と案内をしてくれたのは2代目の小林宏慈さん。紙や印刷の業界は斜陽と言われる中でも、紙加工会社6社で結成した紙文具ブランド「印刷加工連」への参画や、プロダクトデザイナーとタッグを組んだ紙文具「dansai works(ダンサイワークス)」の開発、自社のオリジナルメモ帳の製作など、製本・紙加工ひと筋で紙の価値を追求する取り組みを行ってきました。
製本には、印刷物の断裁、折り、丁合、綴じ、三方断裁といった工程があります。小林断截ではこれらの工程に対応する設備として、断截機や紙折機、全自動の4連ドリル、丁合機などの多様な紙加工機械を保有しているため、さまざまな製本・紙加工を自社で対応できるのです。この日は、自動的にページ順に並び替えができる丁合機や、商品に入れる紙の「折り」の作業風景などを見学することができました。
たとえば、断截機。コピー用紙の厚さならば、1回に1,000枚を切ることができるそうです。断裁時に紙がずれないようにクランプ(紙押さえ)する時には、平均2.4tもの圧力がかかっているのだとか。紙も種類によって厚みや強さが異なるため、切るものに合わせて刃先にかける圧力を調整しています。千切りのように細く紙を切る上では、紙の条件が良ければ0.4mm幅まで切ることができるそう。小林さんが「仕上がり時の誤差は±0.1mm以内とするような、厳しい品質規格を設定されている会社もあるんですよ」と説明すると、高精度が求められるものにも対応できるその技術力に、参加者たちからは「すごい……」と感嘆の声がもれていました。
製本や紙加工について企業秘密とするクライアントもいるため、世の中には発信されていない取り組み事例を間近で見られるだけでも、工場見学は価値があります。大きな機械音が響く中で、参加者たちは機械や職人の動きを食い入るように見つめていたのが印象的でした。
工場の見学後は、小林さんがこの日のために用意してくださったオリジナル資料を見ながら、「折り」や「綴じ」の加工についても説明いただきました。
本を作るためには、印刷された1枚の大きな紙を決められた折り方で折っていきます。4ページ折りとは紙を2つに折ること、8ページ折りなら2回折るなど、「折り」の基本を教えてもらいました。
文庫本や写真集、プログラムなどの無線綴じ(丁合の完了した折丁の背に糊を塗布して表紙を貼り付ける製本方法)の場合、小林断截では3種類のホットメルト(接着剤)を使い分けているそう。一般的に使用される「EVA」をはじめ、強度があり接着性や柔軟性に優れた「PUR」や、両方の特性を兼ね備えた「PO」をそれぞれ駆使することで、本の開き具合を変えることもできるのです。求めている状態を実現するための選択肢が多数あるのは、発注側には嬉しいポイントです。
小林さんは「提案を大切にしている」と話します。単にクライアントからの指示通り仕上げるのではなく、クライアントの想いを汲み、完成したものを手に取るエンドユーザーのことも考えた製本や加工の提案をする。それが発注側にとっても新たな視点をもたらしてくれたり、完成度の高さにつながったりしているのでしょう。
途中、ナビゲーターの大井さんから「小林断截で対応が難しい案件があった場合にはどんな対応をしていますか?」と質問がありました。
「長年紙加工に取り組んできたなかで、自分たちができないことも『この人(会社)ならできる!』とすぐに顔が浮かぶくらいに東京中の同業者とのつながりを深めてきたので、そういった方を必要に応じてご紹介できるのが強みだと思っています。クリエイターのみなさんの『つくりたい』という情熱をねじ曲げることなく、いろんなカタチを模索して実現できるようにしたいと思っています」と小林さん。
どんなに難しい依頼にもベストを尽くそうというその姿勢が、依頼者たちの作る意欲を掻き立ててくれるのだろうと思います。
「変わった製本を仕立てるのが好きなんですよね」と嬉しそうに話す姿から、カタチにしていく過程を一緒に楽しんでいることが伝わってきました。
「抜き加工」専門の東北紙業社
小林断截を出発し、徒歩10分ほどで到着した次の見学先は、紙などの「抜き加工」を行う東北紙業社です。「創業者が東北出身だったことから社名に『東北』が入っているんです」と説明をしてくれたのは、3代目にあたる加藤清隆さん。
元々はPOPと言われる等身大パネルや商業印刷の「抜き加工」を中心に行ってきた東北紙業社。約15年前からこれまでの案件が減少してきた中で、小林断截と同じく、デザイナーたちから直接依頼を受ける特殊な抜き加工の仕事も増やしてきたそうです。
抜き加工とは、抜き型をプレス機に設置して紙を抜いていく加工方法です。箱やジグソーパズル、パネルなども抜き加工で作られたもの。
「オーソドックスな加工は『ビク抜き』『トムソン抜き』と呼ばれるものですが、他にも牛乳瓶やアイスカップの蓋などの単純な形を大量に抜くことに適した『ブッシュ』と言われる、金型を使用してところてんを作るように油圧で押し出して抜く方法、また最近はレーザー加工も人気ですね」と、さまざまな方法があることを加藤さんは説明してくれます。
東北紙業社で主に行っている「ビク抜き」「トムソン抜き」は、加工方法としては同じですが、呼び名の違いは機械メーカーの名前に由来するもので、関東では「ビク抜き」、関西では「トムソン抜き」と呼ばれているそう。工場内には、これまで作られてきた型の数々が所狭しと保管されていました。
工場内にある機械は、自動化されたトムソン抜き機の「オートン」と手差しの機械の2種類。いずれも昭和20〜40年代、平成初期に製造され、今も現役で活躍している機械です。「古い機械だからこそできる加工をしています」という加藤さんの想いを聞きながら、実際に機械の動きや仕組みを見学していきました。
抜き加工において、うまく切れていない箇所がある場合は、木型の裏面などに紙を貼って高さを微調整する「ムラ取り」の作業をするそうです。貼る紙の厚さは、なんと0.05mm! 刃の高さを調整することで均一に抜けるように整えていくという細かな作業を経て、紙製品が私たちの元に届けられているということを知り、その技術にあらためて感心する参加者たち。
見学後の感想シェアタイムには、加藤さんから参加者に「こんな工場には相談しづらいなぁという体験や意見はありますか?」という質問が投げかけられました。SICスタートアップ会員でダンボール家具ブランド「カミカグ」代表の和田さんは、「工場のみなさんも通常業務がある中で、僕たちのサンプル製作などのお願いをしていいのだろうかと申し訳ない気持ちがあり、そういう意味でハードルの高さはあるのではないか」と回答。
「もし自社に直接関係しないものづくりの相談だったとしても、部分的にご紹介できることなどもあるはずなので、スタートアップやクリエイターのみなさんとの距離を近づけていけるようにしたいです」と加藤さんは言います。
「私たちはプロダクトを作るチームの一員として製作に臨んでいます。難しいプロダクトへの挑戦でうまくいかないことがあったとしても、クリアするために一緒に考えようとする方と面白いものを作っていきたいです」とクリエイターへの願いも話していました。
紙である必要性や価値を問い続けながら、依頼者とともに挑む
東北紙業社の見学に同行していた小林断截の小林さんは、「手触り、色、所有するという感覚を味わえるのは紙ならではの体験だと思います。あらゆるものがデジタルになる中で、私たちは紙である必要性や価値を常に考えながら、面白いペーパープロダクトを作りたい人たちの想いをカタチにできる受け皿になっていきたい」と、紙加工への想いをあらためて述べてくれました。
ナビゲーターの大井さんは「クリエイターは時に無理難題を持ちかけることもあると思いますが、相談できる工場があるのは心強いですよね。工場の方たちはまさにその領域の『研究者』。クリエイターたちとタッグを組むことで、あたらしい技術やノウハウもたまっていくはずです。今日も墨田区のものづくりの魅力を体感できました」と締めくくりました。
面白いプロダクトには、カタチにするプロたちの想いや技術が詰め込まれています。2社の見学を通して感じられたのは、「ここに来れば、イメージがカタチになる」というワクワク感。参加者たちは、その技術力の高さはもちろん、培ってきたノウハウやネットワークを駆使して、紙製品のバリューアップやお悩み解決に一緒に取り組もうと寄り添ってくれる姿勢が何よりも心強いと感じたことでしょう。
キャラバン終了後は、近隣にあるキップス株式会社(SIC会員)のマルチスペースをお借りして交流会。参加者含め、あらためて自己紹介をしながら、見学の感想やそれぞれのものづくりに対する想いを語りあう熱い時間を過ごしました。
小林断截も東北紙業社も、「こんなものを作りたい!」と熱意ある人たちが、その想いを託したくなる素敵な会社でした。紙製品をつくる面白さに本気で挑む人たちと一緒にものづくりをしたらきっと楽しいはず!と感じられるキャラバンとなりました。次回はどんなところを訪れるのか、今から楽しみです。
すみだものづくりキャラバン
第2回「“紙”の可能性を感じる、夜の町工場ツアー」
https://sic-sumida.net/news/2024/09/08/event_20240918/
実施日:2024年9月18日(水)
見学協力:株式会社小林断截、株式会社東北紙業社
レポート:草野明日香(ライター/SIC会員)
主催:墨田区産業共創施設SUMIDA INNOVATION CORE(SIC)