REPORT
<イベントレポート>すみだものづくりキャラバン 第3回「すみだの皮革産業を体感する町工場ツアー」
25.03.21

<イベントレポート>すみだものづくりキャラバン 第3回「すみだの皮革産業を体感する町工場ツアー」

2月25日、3回目の「すみだものづくりキャラバン」が開催されました。この企画は、ものづくり事業者の現場を訪ね、工場の雰囲気やつくり手たちの技術、想いに触れる1dayのファクトリーツアーです。今回は「すみだの皮革産業を体感する」をテーマに、皮から革製品をつくっている有限会社T.M.Y’s と、墨田区で30年以上革製品をつくり販売まで行っているHIS-FACTORYの2社を巡りました。当日の模様をレポートします。

 

 

有限会社T.M.Y’s:https://www.leatherlabtokyo.com/

HIS-FACTORY:https://his-factory.com/

MARUA CAFE:https://azumaya.bz/marua-cafe/

 

・・・

 

2回目に続き、今回もSICのメンター会員であり、プロダクトデザイナーの大井雅人さん(Pit-A-Pat代表)にナビゲーターとして同行いただきました。

 

命を大切にいただくという考え方

 

最初に訪れたのは、東墨田にあり自社ブランド「LEATHER LAB TOKYO」を取り扱う有限会社T.M.Y’sです。墨田区は豚革産業が盛んなエリアですが、羊と山羊を中心に、馬や牛、バッファローなど100%輸入でさまざまな革を扱い、染色・加工・商品製作まで手がけています。特に、羊と山羊の皮を扱っているのは国内でも2社しかなく、そのうちの1社が「LEATHER LAB TOKYO」です。

 

「一般の方にも革に触れてもらえる機会をつくりたいと思い、3年前に工場を建て直しました」と工場の説明をしてくれたのは、代表取締役社長の渡邊守夫さんです。

 

 

1階は染色場。奥に進むと「タイコ」と呼ばれる染色ドラムが稼働していました。ドラムのサイズによって、革を1度に50枚、100枚とまとめて染色ができるようになっていて、ドラムの中に革や染料、薬剤を投入して、お湯も使って回転させながら革全体に染料を浸透させていきます。原理は家庭にあるドラム式洗濯機と同じようなもの。元々は木製のドラムで染色していたそうですが、特に冬場はお湯を適温に保つのが難しかったそう。現在はステンレス製が主流となり、1年を通して同じ温度で対応できるようになったといいます。

 

 

ほかにも染色、磨きによって艶を出す「グレーチング」加工ができる機械や、革の柔軟性を高める「バイブレーション」加工の機械、革を平らにするプレス機械など、さまざまな加工機械も並んでいました。基本工程として行われるだけでなく、型押しやフィルム貼りといった加工作業も行われています。

 

2階は仕上げ場。薬品を使用したスプレーで均一になるように染色をする場所です。色合いを微調整しながらコンベアを使って自動で染色する機械を見学しました。染料と顔料の違いを聞くなかで、最近では大きな加工をせずに風合いがわかりやすい革を求める取引先も多く、その場合は染料で染めているといった話もありました。

 

3階は、染色した革を乾かす干し場や、多彩な革が並ぶショールームがあります。通常は屋上で干すそうですが、LEATHER LABO TOKYOでは1度に約1,200枚程を室内で干せる設えになっています。「乾くまでに1日程かかりますが、気温や天候に左右されずスピードコントロールができるので室内で行っています」と渡邊さんはその理由を説明してくださいました。

 

 

同じフロアには熱を加えて革を柔らかくするドラム乾燥機のような機械や、2年前に導入したというレーザー加工の機械もありました。工場にある機械の80%はここ数年で新しい機械に入れ替えている、という説明にも驚かされました。皮革業界はシュリンクする業界とされながらも、個性的な機械を積極的に導入する同社の姿勢から、上質な革を追求し続けたいという意志が感じられます。

 

ナビゲーターの大井さんは「LEATHER LABO TOKYOの工場は汚れやすい製造工程なのに綺麗ですよね」と参加者に投げかけました。確かにどのフロアも、明るくクリーンな環境に整えられています。聞けば、月に1度は機械を止めて、全スタッフで清掃を行う時間を設けているのだとか。常に作業をしやすい環境を心がけることで、高い品質を維持できているといえるのではないでしょうか。

 

 

ショールームにはLEATHER LABO TOKYOがつくる多彩な革がずらりと並んでいました。シープシルキースエード(羊革)やゴートレザー(山羊革)、箔やフィルム加工を施したデザインレザーなど、それぞれの魅力を説明してもらいました。

 

 

レザージャケットに使用される革の種類や有名ブランドのバッグに採用されている革などを教えてもらい、さらにこの場所でしか聞けないこぼれ話も多々あり、皮革産業の奥深さを知ることができました。参加者からは「本革と合皮、それぞれの魅力は?」「どこまで加工を施すと合皮と言われるのか?」といった質問もありました。

 

積極的に見学を受け入れているLEATHER LABO TOKYOには、修学旅行の学生も数多く訪ねてくるそう。「中には『(革にするのは)かわいそう』という人もいますが、私たちが肉を食べることにも触れながら、命を無駄にしないという考えを丁寧に伝えるようにしています」

 

「革の染色に55年程携わってきましたが、それでもまだわからないことだらけです。100枚染めても100枚とも同じようにはならないので、今でも日々勉強です。革に触れてもらい『こういうものが欲しい』と言ってもらえるのが嬉しいですね」と話す渡邊さん。サステナブルや持続可能性を追求する動きはどの業界でも起きていますが、皮革産業では動物からいただいた命を余すことなく大切に使うという姿勢がはるか昔から根付いていることがよく理解できたのではないでしょうか。

 

ものづくりに関わる人たちにとって、考え方はもちろんさまざまなインスピレーションやヒントを得られる時間になったはずです。

 

 

 

 

 

育てる楽しさを届ける革製品

 

次に訪問したのは、本所吾妻橋駅から徒歩3分、浅草駅からも徒歩5分程のところに立地する工房「HIS-FACTORY」です。オーナー兼職人の中野克彦さんが30年以上、ハンドメイドで革製品をつくっています。1階には工房、2階はショップとワークショップスペースになっています。

HIS-FACTORYの製品は、伝統的な製法でつくられた「プエブロ」を中心としたイタリアンレザーが使用されています。「現在でも革の8割は、短時間で大量になめすことができる『クロムなめし』の革と言われていますが、イタリアンレザーは植物タンニン剤でなめす『タンニンなめし』で約2か月かけてじっくりなめしたもの。革の一つ一つの表情や風合いがあって、経年変化を楽しめる革なんです」と魅力を語ります。

 

 

実際に15年経った製品を手に取って見てみると、使うほどに色艶が個性的に変化しているとわかります。なめしの工程で独自配分のオイルが革に含まれていて、多少の傷は乾拭きや指でこするだけで元に戻せるという、そんな特徴があることも実演してくれました。

 

かつては鞄の金具製造の仕事や、他社製品ブランドの下請け生産で生産管理の仕事をしていたという中野さん。革でものづくりをすると決意したのは、イタリアのトスカーナ地方でつくられる革に出会ったのがきっかけ。とある取引先のデザイナーから「この革でつくってほしい」と渡されたのが「プエブロ」や「ブッテーロ」「ミネルバボックス」といった革でした。「実際に触れてみて、裁断のしやすさや仕上がりの美しさに驚かされ、イタリアンレザーがいかに高品質なものであるかをはじめて知った」という中野さんは、一気に自社ブランドを作る職人へとキャリアチェンジをしました。

 

 

いざ自分でデザインを考え、製品をつくってもなかなか売れない日々が続いて苦しかったと話す中野さん。転機をもたらしたのは、すみだでものづくりをしている仲間たちとの出会いでした。「ものづくり体験ができるワークショップをやっている人たちがいたのですが、最初はそんなことをやっていても商売としてやっていけないだろうと冷ややかな目で見ていた時期もありました。でもお客さんはみんな楽しそうで、それを嬉しそうに教える人の姿を見て『人を喜ばせる』という視点に気付かされたんです」

 

その仲間にならい、HIS-FACTORYでもイベントへの出店や、工房でワークショップを積極的に実施するようになりました。さらに約15年前から自身のものづくりへの考え方を綴るブログの投稿もコツコツと続けてきました。「当時はまだブログが当たり前じゃなかったですし、無名な工房ショップのブログなんて誰が見るのだろうかという思いもありましたけどね(笑)。それでも発信を続けてきました」

 

中野さんはすべての製品を「10年後にピークを迎えられるように」と意識してつくっているそうです。良質な革だけでなく丈夫であることにとことんこだわったトートバッグを例に説明をしてくれました。持ち手と本体をつなげる「根革」は、本体の外側につけ、「持ち手」は革を5枚重ねて縫い合わせているそうです。しっかりとした硬さのある革を何枚も重ねて縫うのは至難の技。それでも「長く使って経年変化を楽しんでもらえる丈夫なものを」と追求し、今のカタチになりました。

 

 

また、金具の素材についてもイタリアンレザーと同じくエイジングをしていく真鍮を採用するなど、細部にこだわっていることも説明してくれました。「こだわりが機能美にもつながり、多くの人を惹きつけているのですね」という大井さんの言葉に、参加者も大きく頷きます。

 

「つくりたいものをつくり、お客様に喜んでもらいたい」その一心で突き進んできた中野さん。すると、藤巻百貨店のバイヤーの目に留まり、同百貨店でも販売されるように。次第にブランドの知名度も高くなっていったのです。

 

1階の小さな工房には裁断機や革漉き機、ミシン3台があり立体縫製ができるポストミシンがあり、中野さんのほかに、もう1人の職人さんが製品をつくっています。「技術を磨くのはもちろんですが、ものづくりは型紙が命。それがしっかりできていればおのずと良い製品ができていきます」と製品をつくる設計図の重要性も伝えてくれました。

 

 

ナビゲーターの大井さんから「事業承継はどう考えていますか?」と尋ねられた中野さん。「ここに至るまで必死にやってきたので正直に言えばまだ考えられていませんが、承継は非常に難しいと感じています。革やものづくりが好きなことはもちろん、後先考えずに没頭してしまうような気概がないと、なかなか続けられない仕事なのではないでしょうか」と赤裸々に語ってくれました。

 

 

展望についても「会社を大きくするという考えはなく、作りたいものを作り続けていきたいし、世の中にないものを作りたいという方がいたらカタチにできる存在でありたい。お客様と直接やりとりできる喜びを感じながら、製品づくりを続けていきたいですね」と想いを語ってくださいました。

 

ひとつの製品にさまざまなストーリーや想いが宿っていることを知った参加者一同。ひたむきにものづくりに向き合い、「良いものを届け、喜んでもらいたい」と向上心を持って取り組む姿勢が、ユーザーを惹きつける製品を生み出しているのだと感じられたはずです。参加者の中には本業とは別に鞄づくりを行なっているという方もいて、「直接、職人の話を聞ける貴重な機会を得られ、製造工程で疑問だったところが解決できました」と嬉しさを噛み締めているのが印象的でした。

 

 

 

 

 

交流会は革小物専門店が手がけるカフェ!

 

最後は恒例の交流会。今回は両国で革小物を製造する東屋の1階にある「MARUA CAFE(まるあカフェ)」にて行われました。会の前には、袋物や革小物の歴史がわかる貴重な製品や資料が展示された「袋物博物館」も見学させてもらいました。同社代表でカフェのオーナーでもある木戸麻貴さんが自ら案内もしてくださり、2社を巡った後だからこそ、より理解を深められたことでしょう。

 

 

参加者同士で議論し合う光景や、交流会にも参加したHIS-FACTORYの中野さんにさまざまな問いかけをする光景も。会場は終始盛り上がり、あっという間に時間が過ぎていきました。

次回のキャラバンは、「樹脂(プラスチック)の成形の現場を見る」がテーマ。またどんな面白い企業との出会いがあるのか楽しみです。

 

 

 

 

すみだものづくりキャラバン

第3回「すみだの皮革産業を体感する町工場ツアー」

https://sic-sumida.net/news/2025/02/17/event_20250225_caravan03/

実施日:2025年2月25日(火)

見学協力:T.M.Y’s co.,Ltd,_LEATHER LAB TOKYO、HIS-FACTORY

会場協力:袋物博物館、MARUA CAFÉ(有限会社東屋/SIC会員)

レポート:草野明日香(ライター/SIC会員)

主催:墨田区産業共創施設SUMIDA INNOVATION CORE(SIC)

PREV
NEXT
一覧に戻る